「クイン」の扉をくぐると、そこにはLGBTQの人々が集う新宿二丁目の街にたどり着いた者たちが癒しを求め、夜ごと訪れる深夜食堂があった。この街で53年にわたり営業を続けてきた「クイン」は、日付が変わった午前0時に開店する。
会社員や同性愛カップル、自身の店の営業を終えた「二丁目の住人」などが飲食店を巡って訪れ、閉店する午前9時まで客足は絶えない。多くの客が名物ママのりっちゃん(77歳)に会うためにやってくる。恋愛の悩みや人生相談など、ここでしか話せない悩みを打ち明けると、優しいアドバイスや時に厳しい叱咤激励が返ってくる。彼女の言葉には、心の中にポッカリ空いた穴を埋めてくれる力がある。
りっちゃんの夫である加地さん(77歳)が作る「焼き魚」、「ハンバーグ」、「おにぎり」、「500円定食」など、安くて温かな家庭料理が、お腹を満たしてくれる。この夜、訪れた葵さん(24歳)も、そんな客の一人だった。彼女は涙ながらに、絶縁した親との関係を打ち明けた。家族団らんや家庭の味を知らずに育ち、「自分には帰る場所がない」と語る彼女に、りっちゃんは「いつでもここに来い」と言葉を掛ける。そんな葵さんが決まって注文するのは「魚料理」。幼い頃に食べた記憶がない「家庭の味」を求めて、彼女は今夜もやってくる。様々な人生が行き交う街の深夜食堂で繰り広げられる、ちょっと不思議で、どこか温かい人間模様に心が動かされた。